2009年09月10日

椎間板ヘルニア

読売新聞夕刊に杉良太郎さんの椎間板ヘルニアを患った体験が毎週木曜夕刊に掲載されている。自分も2年前に椎間板ヘルニアを患ったのでその痛みは読んでいてついうなずいてしまう。杉さんいわく「椎間板ヘルニアはぎっくり腰の100倍痛い、絶叫しますよ」と。同感だ。あの痛みは体験した者でないとわからない。

杉さんは舞台に立つ、ある種職業病だったようだ。屋根や崖から飛び降りるシーンもすべて自分でやったので長年その衝撃で腰を痛めてきたという。そして腰を守るために腰にさらしを巻いたというが、それがよくなかった。長時間締め付けているので腰が一本の棒のように固まってしまったという。

さらにショーの舞台からプレゼントを受け取るため、前かがみの姿勢を長く続けたため、悪化に拍車をかけた。おまけに受け取ったら、握手をする。このとき下からかなりの力で引っ張られる。ステージから落ちないように踏ん張る。それで腰は悲鳴をあげた。結局杉さんは背骨から飛び出た椎間板を削る手術をしたそうだ。整体やはりなどさまざまな治療をしたが、よくならなかったという。この続きは来週なのでどのように治したか次週の掲載を見ることにする。

中腰で長時間いることが一番よくないようだ。腰にかなりの負担を強いることが一番悪い。私もヘルニアになる前、アルバイトをしていて中腰で作業をしていたことが影響したのかなあ、と思う。最初はなんかズキーンと痛いなあ、バッグなど重いものをもつと腰にくる。そしてとうとう痛みが最高潮に達した。朝、起き上がれない、トイレにいくのも這っていく始末。外科病院でレントゲンを撮ってもらったら、背骨から椎間板が飛び出しているのが見えた。それが背骨の神経に当たって痛いのなんの。あんな痛みは初めてだ。痛み止めをもらい、コルセットと鎮痛消炎貼付剤なるものを大量にもらい、杖をつきつつ、そろりそろりと家に帰った。台所に立つこともつらい、椅子をもってきて座って調理した。外科病院では治療の施しようもないので近くの整体へ通った。その間、友人たちとの約束もひとりを除いて杖をつきつつ決行した。

1ヵ月毎日毎日整体マッサージを受けた。すると1ヵ月でようやく治ったのだ。椎間板ヘルニアを1ヶ月で治したとはすごい!と言われた。すぐに再発するよ、と脅されたが、今のところだいじょうぶだ。延期になっていた韓国旅行も決行した。飛行機に乗ることも危ない、と言われたが、韓国の友人宅でも大丈夫だった。持参した薬の世話にもならなかった。まずはひと安心だった。約束もほとんど予定どおり決行したことがよかったのか、と思う。大事大事と家で寝ていなかったのが早期回復につながったのかな、と思う。

自分の体が自分で思うようにならない体験を初めてした。今までは自分の体なんて自分が支配できると思っていたが、大間違いだった。人間健康害したらそれまでだ、とつくづく思った。



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remmikki at 20:41|PermalinkComments(0)日常の出来事 

2009年09月09日

拾い物

ゴミ拾いしているせいか、よく物を拾う。最近では犬の散歩で拾ったものがまずお米。散歩していたら路上にドスンと大きな音が。見るとスーパーの袋に入ったかなり大きな袋が置き去りにされていて後からくる車が避けようとしているのでひきずってきて中を見た。10キロのお米だった。さて、落とし主が戻ってくるかとしばらく立っていたのだが、戻りそうもない。我が家は糖尿っ気のある夫のため、玄米ご飯を炊いているので白いお米はいらない。

拾った道路の前が老人のケアハウスだ。事務所の呼び鈴を押して、事情を言って引き取ってもらった。ここならたくさんご飯を炊くし、使ってもらえると思って。喜んでもらった。

次に拾ったのが段ボール。犬の散歩仲間と歩いていたら突然ドスンと音がして軽トラックが走り去っていった。あっという間に見えなくなった。危ないので歩道まで引きずってきて中を見たら、取り立てのいい香りのするとうもろこしが山ほど入っていた。やっぱりこれもいただくことに。ご近所にも分けて、さっそくゆでて食べてみたらそのおいしいこと!スーパーで買うとうもろこしより格段にうまかった!持ち主さん、すみません、いただいてしまいました!

次は札束の入った段ボール拾わないかなあ、とは冗談。

何年も前、赤坂で食事をした後、路上で黒い財布のようなものを拾った。見ると定期だった。交番へ届けようと思ったが、直接連絡して届けることにした。というのは中に入っていた名刺に興味をもった。それは警視庁の少年刑事課の男性だったのだ。我が家は男の子がふたり、将来ぐれて警察のお世話になるような事件を起こしてほしくはないが、なにがあるかわからない、これはちょっとお近づきになっておこうと。

連絡すると届けないでいい、私の会社に取りにくるという。翌日さっそく刑事さんがふたりで会社にやってきた。受付横の来客応接で挨拶をした。ケーキをたくさんお礼にもってきてくださり、会社の女性たちでいただいた。会社は外資系企業なので外人さんがけっこういる。それを見てずいぶん外人さんいるのですねえ、不法滞在も取り締まっていると言うので、うちの外人さんには不法滞在はいませんよ、と笑って答えた。

それから何年も経ち、息子たちは反抗期も過ぎて社会人になっていったが、不良になることもなく、人様に迷惑かけることもなく、警察のお世話になることもなく、成人した。よかった!で、結局定期の持ち主とはそれっきりだ。よかったことだと思う。


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2009年09月08日

黒留袖

オレオレ詐欺も未公開株や投資会社からもだまされたことはない私が一度やられたことがある。総額なんと120万円!それが黒留袖。

アンケート好きな私は頼まれたり、テーブルにアンケート用紙があればすぐに書き込む。それが着物アンケートだった。

しばらくすると自宅の電話が鳴り、「おめでとうございます!留袖が当たりました!つきましてはいついつの期間、展示会場へお越しください」という電話に舞い上がった。着物に詳しい妹を連れてさっそく出かけて行った。

当たったという着物の数点を見ると、どうも安っぽい、品質もよくない、絵柄もちっともよくないものばかり。これじゃあ、いらないわ、と店員に言うともっといいものを見せてくれるという。それで見たのが百万円以上もする黒留袖の数点だ。中でも四季の花々や鳥が描かれている留袖がすばらしかった。まだ現役で働いていた私はローンにすれば返せるわ、とさっそくローンの手続きをし、3年かけて返済することに。

ご存知のように黒留袖は親族の結婚式で着るもの、友人たちの招待の結婚式では着ることはない。ということは当時まだ中学生だった我が家の息子たちの将来の結婚式を夢見て買った、ということか。

社会人になった息子たちは今だに家にパラサイトしていて給料も安い彼らは結婚のケの字もない。あの留袖はお蔵入りになるのか、とちょっと心配。

妹の夫の親族の結婚式に着たいから貸して!と妹に頼まれ、まだ一度も持ち主の私が袖を通してないのに貸してあげた。結婚式が終わって我が家に着物を返しに来た時、妹は「この着物ち〜っとも高級でないわよ、黒の生地がちっともよくない!」と貸してあげた感謝どころか文句がきてショック!

この留袖を着る時が来るのだろうかしらん?と思いながら、カビがつかないように初夏のいい日に時々日干しをしている。

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フォスターチャイルド

アメリカでホームステイしながらカレッジへ行った経験から恵まれない子供たちへの進学に少しでも寄与したいと思い、あしなが育英会への微力ながらの寄付とフォスタープラン協会にも参加した。フォスタープラン協会とはイギリスに本部がある世界65ヵ国で活動しているNGO団体だ。世界100万人以上の人々が支援しているという。

子供たちが小学生の時、入会し、フォスターチャイルドをアジア、アフリカ、南アメリカから選ぶことができた。万が一フォスターチャイルドに会い行く機会があるとしたら近い方がいいと思い、アジアを選んだ。男女別も選べるので我が家はふたりとも男の子なので男の子を選んだ。

するとプラン協会からニハールという名前の7歳の男の子が私のフォスターチャイルドと知らせてきた。土壁の窓にガラスもない暗い家の前でお母さんと一緒に裸足で写っている写真も同封されていた。それから12年、毎月5千円の寄付により、彼が18歳になって高校を卒業するまで支援は続いた。その間、英語で手紙のやりとりもかなりあった。個人の寄付はチャイルドへ直接行くわけではない。それをすると選ばれたチャイルドだけが豊かになり差別が生まれるのでチャイルドがいる地域の道路や学校、病院など地域が活性化されることに使われるようだ。

ニハールが18歳となり、支援も打ち切りとなってからスリランカにフォスターチャイルドをもつフォスターペアラントの何人かでチャイルドを訪問するという旅行計画に参加した。この時のペアラントの皆さんとは毎年スリランカの会合を兼ねて報告会と食事会が開催されている。10月にまた会合が横浜である。みなさんとっても熱心だ。私はもうフォスターペアラントを卒業してしまったので会の参加にはどうも消極的だ。中にはスリランカのフォスターチャイルドの家族を次々に日本に呼んでもてなしているペアラントもいる。そのご夫婦は毎年スリランカの家族を訪れ、すばらしい国際交流をしている。

スリランカは成田から約8時間のフライト、南国の自然の多いすばらしい国だ。紅茶の栽培が主な産業だ。国自体はとても貧しい。北部ではまだ民族紛争も絶えない。数日間一緒に行ったペアラントたちのチャイルドも訪ねながら私が支援するニハールの家にも伺った。18歳過ぎておうちは最初のころよりよくなっていた。お母さんもお元気そうだった。言葉は通じないけど、心が通じるいい出会いだった。フォスターペアラントとチャイルドの関係の間はお互いに住所は教えあわないことになっている。手紙のやりとりはすべて協会事務所を通じてやる。それは依存を避けるためだという。でも卒業したあかつきには住所を教えあい、お互いの責任でもってやりとりとする。私も最近はクリスマスカードのやりとりくらいだけど、年に一度は交流するようにしていたが、一昨年ニハールが結婚したという知らせを聞いて、お祝いのドルを送ってからなにも書いてこないので昨年はクリスマスカードもストップしてしまった。お国柄、もしかしたらお祝いのお金が届いていないのかもしれない。

世界にはまだまだ学校にも行けず、幼いまま働かされている国も多い。せめて中学生くらいまでは国や世界の支援で教育を施してほしい。テロの発生も貧しさや教育のないことも影響しているのではないか。学校に行きたくても行けない子供が多いのに日本は平和過ぎてほんとうの悲惨さを知らないから学校に行かない子供が増えているのではないかと思う。もちろんいじめという問題もあるだろうけど。一度こういう貧しい国の子供たちの状況を知るといい。

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remmikki at 09:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)海外関係 

2009年09月07日

減量

友人たちと都心でランチバイキングを楽しむことが多い。バイキングなので食事は取り放題、好きな食事をお代わり自由、ウェストがきつくなり、たらふく食べられる幸せ、デザートはまた別腹とさらに取り放題。

従って体重は増える一方で体重計に乗ることが怖くて今どのくらいの体重なのか知ることなしだった。

ところがである、前回計った時よりなんと2キロも減っていたのだ。どうして?というのは昼にたらふく食べてしまうと夜までおなかがへらず、結局夕食を抜いて寝ていたのだ。すると朝体重計に乗るとさらに減っているという次第。今朝も前回よりまた200グラム減っていた!万歳!たらふく食べて減量なんてうれしいことだ。このままあと3キロは減らしたい。でも最後の3キロはなかなか減らないのよね。

犬の散歩にも力が入る。さっさ、さっさと歩くのだが、ワンコは臭いをかぐのが大好き。こちらに止まっては臭いをかぎ、あちらの電信柱でもまた臭いをかぐ、だからマラソンや早歩きをしたい夫は犬の散歩を嫌がるのだ。それでも朝1時間たっぷり散歩をして汗をかき、シャワーを浴びるとまた減量したような。

きょうは珍しく早く帰宅した夫が明日から今週いっぱい休みだと!え〜っ、休み〜?いやだぁ、うっとうしい〜!亭主が毎日家にいるのは主婦にとっては地獄だ。「私毎日出かけるからね!明日は小物教室だし!」と私。

夫が定年退職して家にいるようになった奥さんたち、けっこうノイローゼになっている人多いみたい。こういうのを亭主在宅症候群というのだと。



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