ニューヨーク時代ボーイフレンドがいた。ブルックリンハイツというところに住んでいた。彼の住むアパートはちょうどマンハッタンの反対側でブルックリンブリッジとマンハッタンの夜景を見渡せるきれいたところだ。今は相当高い家賃になっているに違いない。その通りの数軒先に有名な作家、ノーマン・メーラー氏が住んでいた。いつも美人を傍らに歩いていたそうだ。というのも一度お目にかかってみたいと思いながら、私は会ったことがなかった。彼は住んでいるのでよく見かけたという。

ノーマン・メーラー氏の本はまだ読んだことはない。数年前に亡くなったという報道を見て妙になつかしく思い出してしまった。

このボーイフレンドは生涯独身のままだった。私が日本に帰国して日本人男性と結婚した時、アメリカ製のお鍋のセットを結婚祝いに贈ってもらった。今も大変重宝し、使っている。

このボーイフレンドとはアッパーイーストサイドのアパート群の合間にあった公共のプールで知り合った。公的機関で働き、フルートが趣味で民間の小さいオーケストラにも所属していた。その趣味のせいかクラッシックのコンサートにはよく連れていってもらった。リンカンセンターからカーネギーホール、今やよく知られるタングルウッドにも連れていってもらったものだ。クラッシックのよさを十分学ばせてもらった。長男が高校生の時、妹と妹の長男と一緒にニューヨークを訪れた時、一緒に食事をしたのが最後だった。白髪交じりのひげをたくわえ、ダンディで年を取ってもいい男だった。妹は昔のボーイフレンドと知っていたが、長男には知り合いのおじさん、と伝えた。ずーっと手紙やパソコンメールでやり取りし続けてきたが、その後フロリダへ住居を移し、昨年8月に亡くなった、と彼の友人から手紙がきた。一昨年、体調が悪いと聞き、最後にもう一度お別れに会ってこようと思ったが、私が椎間板ヘルニアを患ってしまい、長時間フライトが無理でキャンセルした。その時の彼の失望は計り知れなかった。そしてその後亡くなった。私は結婚し、子供ふたりをもうけたが、彼は一生独身を通した。

私は罵り合って別れることがあまりない。一度おつきあいすると死ぬまでおつきあいだ。アメリカに友達がひとりまたいなくなり、寂しい思いを感じる。私を教育・啓発してくれたいい友だった。