2011年06月
2011年06月30日
クロアチア ナダのお嬢さんたち
ザダルに戻ってからナダのふたりの娘さんの家に挨拶に寄った。イボナとアンナ。イボナは長女で二人のティーンエイジャーの娘さんと9歳の息子さんがひとり。一戸建てに住んでいてナダに似て料理がうまいそうだ。キッチンのオーブンにおいしそうなチーズ料理が出来上がっていた。よかったら食べていかない?と聞かれたが遠慮した。残念!
アンナは二女、こちらはまだアパート住まい、7歳と1歳の娘さんがいて子育て真っ最中だ。
私が最初にユーゴスラビアのポリャーナのおうちに滞在していた時、ふたりの娘さんはナダのご両親が育てていた。
ナダは離婚してイタリアへ出稼ぎ中だった。30代後半、母親になったイボナとアンナが小さい頃、私は会っている。彼女たちも覚えているという。再会を喜んだ。
彼女たちにヨックモックのクッキーを持って行ったら、最高!と喜んで食べてくれた。クロアチアのクッキーは甘いばかりであまりおいしくない。
夕暮れのアドリア海。
クロアチア ポリャーナのサマーハウス

ポリャーナのこの家には両親はもう亡くなり、ふたりの妹たちは家を売ってお金を分け合うことを希望したという。でもナダは両親の家を売りたくないと妹たちに相応のお金を渡し、自分のものにしたという。いい判断だったと思うわ、と私は言った。その家はサマーハウスとして使っていて、毎週末、アンテとふたりで行ったり、ときどきふたりの子供たちや孫たちも一緒に過ごすという。
ここはとても美しいところだ。私はユーゴスラビア時代に2回訪れた。最初の訪問では両親とも健在だった。ナダのお母さんの手料理もおいしかった。そのお母さんは私たちの訪問2年後に亡くなった。
二回目の訪問ではお父さんのイボさんひとりになっていた。この時、帰る時にザダルからザグレブへ飛行機でフランクフルトへ乗り継いだのだが、ザダルからザグレブまでの飛行機の往復チケットをプレゼントして、一緒にザグレブまで行った。イボさん、ザグレブに友人たちもいるそうで、つましい年金暮らしで余裕のないイボさんはたいそう喜んでくれた。生前いい「親孝行」をしたと思った。
今回の訪問はクロアチアになって初めてだ。戦争で破壊された建物などはすべて修復され、平和な国になっていた。
ナダのお父さんはクロアチア人、お母さんがボスニア人だ。ユーゴスラビア紛争の時、このようにふたつの民族にまたがっている人に悲劇があったこともあった。





