この話も大正時代の感動的な話。ドイツ俘虜を武士の情けとして人道的に扱った話。
「武士の情け」として俘虜を扱うように訓示した松江豊寿大佐、板東俘虜収容所所長。
1914年7月に第一次世界大戦が勃発。青島の戦いで日本軍に降伏したドイツ軍俘虜は、徳島や大阪など全国12ヶ所の収容所へ振り分けられたという。俘虜たちが徳島俘虜収容所に収容された時の感動的な話を紹介する。
まずは動画をどうぞ。
国旗の重み 板東俘虜収容所 第一話
国旗の重み 板東俘虜収容所 エピローグ

松江 豊寿(まつえ とよひさ、1872年7月11日(明治5年6月6日) - 1956年(昭和31年)5月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。第9代若松市長。
第一次世界大戦中に板東俘虜収容所所長を務め、在任中にドイツ人俘虜を人道的に扱い地元の住民とドイツ人俘虜を交流させた。この時、ドイツ人俘虜によって日本で初めてベートーベンの交響曲第9番が演奏された。映画『バルトの楽園』の主人公としても知られる。
生誕 1872年7月11日
福島県若松市
死没 1956年5月21日(満83歳没)
東京都狛江市
所属組織 大日本帝国陸軍
軍歴 1894 - 1922
最終階級 陸軍少将
除隊後 若松市長
稚松会評議員
俘虜収容所長時代
1914年7月に第一次世界大戦が勃発。青島の戦いで日本軍に降伏したドイツ軍俘虜は、徳島や大阪など全国12ヶ所の収容所へ振り分けられた。それと同時に松江は同年12月徳島俘虜収容所長に任命される。1917年には12ヶ所の収容所が板東など6ヶ所にまとめられ、同年4月に板東俘虜収容所長となる。ここにおいて松江はドイツ人の俘虜達に人道に基づいた待遇で彼らに接し、可能な限り自由な様々な活動を許した。賊軍としての悲哀を味わった会津藩士の子弟に生まれた体験が、大きく彼の良心的な人格形成に影響したといわれる。
また、付近の人達と俘虜との交流や技術指導も盛んに行われ養鶏・養豚・野菜栽培から建築・設計まで広い分野で交流が行われたと言う。
1920年4月、第一次大戦終了に伴い板東俘虜収容所は閉鎖された。だが、俘虜たちは解放された後もここで受けた温かい扱いを忘れず「世界のどこに松江のような(素晴しい)俘虜収容所長がいただろうか」と語るほどだったと言う。(Wikiより)
今までも数々の戦争時代の秘話を紹介してきたが、日本軍の「武士の情け」による人道的な扱い。どこぞの国とはえらい違い、崇高な日本人に誇りを感じる。
「武士の情け」として俘虜を扱うように訓示した松江豊寿大佐、板東俘虜収容所所長。
1914年7月に第一次世界大戦が勃発。青島の戦いで日本軍に降伏したドイツ軍俘虜は、徳島や大阪など全国12ヶ所の収容所へ振り分けられたという。俘虜たちが徳島俘虜収容所に収容された時の感動的な話を紹介する。
まずは動画をどうぞ。
国旗の重み 板東俘虜収容所 第一話
国旗の重み 板東俘虜収容所 エピローグ

松江 豊寿(まつえ とよひさ、1872年7月11日(明治5年6月6日) - 1956年(昭和31年)5月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。第9代若松市長。
第一次世界大戦中に板東俘虜収容所所長を務め、在任中にドイツ人俘虜を人道的に扱い地元の住民とドイツ人俘虜を交流させた。この時、ドイツ人俘虜によって日本で初めてベートーベンの交響曲第9番が演奏された。映画『バルトの楽園』の主人公としても知られる。
生誕 1872年7月11日
福島県若松市
死没 1956年5月21日(満83歳没)
東京都狛江市
所属組織 大日本帝国陸軍
軍歴 1894 - 1922
最終階級 陸軍少将
除隊後 若松市長
稚松会評議員
俘虜収容所長時代
1914年7月に第一次世界大戦が勃発。青島の戦いで日本軍に降伏したドイツ軍俘虜は、徳島や大阪など全国12ヶ所の収容所へ振り分けられた。それと同時に松江は同年12月徳島俘虜収容所長に任命される。1917年には12ヶ所の収容所が板東など6ヶ所にまとめられ、同年4月に板東俘虜収容所長となる。ここにおいて松江はドイツ人の俘虜達に人道に基づいた待遇で彼らに接し、可能な限り自由な様々な活動を許した。賊軍としての悲哀を味わった会津藩士の子弟に生まれた体験が、大きく彼の良心的な人格形成に影響したといわれる。
また、付近の人達と俘虜との交流や技術指導も盛んに行われ養鶏・養豚・野菜栽培から建築・設計まで広い分野で交流が行われたと言う。
1920年4月、第一次大戦終了に伴い板東俘虜収容所は閉鎖された。だが、俘虜たちは解放された後もここで受けた温かい扱いを忘れず「世界のどこに松江のような(素晴しい)俘虜収容所長がいただろうか」と語るほどだったと言う。(Wikiより)
今までも数々の戦争時代の秘話を紹介してきたが、日本軍の「武士の情け」による人道的な扱い。どこぞの国とはえらい違い、崇高な日本人に誇りを感じる。
