267e77ff.jpg前日に続いて霞が関へ行ってきた。地下鉄出たところで前日会った原さんと会い、差し入れをしてきた。おいしいベーカリーのパンを何種類か、と家にあったドリップ式のコーヒーもいくつかつけて、いただきものの千葉の落花生も袋に入れて差し入れた。ほんの気持ちばかりのものばかり。

きのうはhp(ヒューレット・パッカード社)を訴えているTさんの地裁弁論準備だった。13階の書記官室での裁判なのでやはり中に入れる人は当事者の他3名に限られ、私たちは待合室で待つことに。Tさん、それなのに20人近くの人を募ってしまい、せっかく来ていただいたのにほとんど中に入れず。法廷でない裁判の場合はあまり人を呼ぶのも問題だ。証人尋問になってから呼べばじゅうぶんだ。

弁護士さんから裁判の経過についての説明があった。Tさんは勤続26年で突然解雇され、IDカードを没収され、業務遂行に必要なパソコンのパスワードを無効化され、就労不能にされてしまった。その解雇理由を1999年にさかのぼって具体性のない事柄を羅列し、裁判官にも「もっと具体的に絞り込んで書くように。こんなにたくさん羅列すれば、ひとつでも欠けると解雇理由がないとみなされますよ」と会社が注意されたようだ。さらに相手方の弁護士たちはおそまつな書類を提出し、コピーの取り方もなっておらず、やりなおします、の連続だったという。裁判官もさぞあきれたことだろう。

終わってから10名くらいがTさん予約の鳥料理の店で昼食を取った。日比谷のその店に私は裁判所の写真を撮ったりして出遅れたのに、店に着いたら全員まだ着いてなかった。どうやら雨だったので地下に入ってしまい、迷ったという。

私と友人はブログ用写真撮影後、裁判所前でビラを配っている人につかまり、署名をしてきた。それは「狭山事件」という冤罪事件の無実を訴えるご夫婦と支援者だった。女子高校生殺害事件の犯人とされた石川一雄さんは24歳で別件逮捕され、今は71歳、人生の大半が獄中生活だった。無実を叫びながら32年間獄中生活を余儀なくされたという。47年に及ぶ無実の叫びを聞いてくださいと再審を求める署名運動協力を訴えていた。冤罪事件はほんとうの犯人を社会に泳がせていること、そして冤罪本人とその家族は地獄の苦しみを味わうことになる。ほんとうに許せない。裁判所へ行くといつもこのような人々が必死で訴えているのだ。心が痛み、どうしてやることもできず、せつなくなる。せめて署名をして協力するしかない。

きょうの裁判所では午前に秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大被告の裁判があったようだ。私たちが裁判所を出る時にはそれも終わったはずなのに、マスコミやテレビ局の撮影クルーがたくさん陣取っていた。検察審査会による民主党幹事長小沢氏の起訴相当議決によるものだろう、と今朝のニュースを見て思った。

友人の裁判支援とはいえ、裁判所(写真)に来ると重たい気持ちで帰ることになる。帰りの電車でどっと疲れが出て寝て帰ってきた。