2013年02月24日
皇太子53歳誕生日会見を読んで
ざあ〜っと、読んでみて、なんというかなあ、心に響かない、優等生的回答で自分の言葉で述べていない感想をもった。それにしてもけっこう長い文章だ。
(上)「日本の経験と教訓を世界に」
「東日本大震災から約2年がたちましたが、亡くなられた方々や被災された多くの方々のことを思うたびに心が痛みます。今年は、例年になく寒く、特に北日本では、大雪が降るなど、厳しい冬を迎える中、いまだ数多くの方々が仮設住宅での困難な避難生活を送られています。東日本大震災からの復興の道のりは長く、被災者の中には高齢者の方々もおられ、厳しい暮らしが続いていることを深く案じております。」
大震災1ヵ月後の4月11日に御所でお楽しみ会をしたり、長野でスキーを計画したり、こころが痛む?この一家の行動をみているととてもでないけど、心が痛むなんて伝わってこない。
ここでもまた「雅子と国立劇場で600年の歴史を誇る東北の民俗芸能公演を鑑賞した」とご自慢。こういう鑑賞公務をすることでどうだ、雅子はちゃんと被災地に心を寄せているのだ、と体裁ばかり。
「雅子とともに被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思っております」とねえ。心を寄せるなら自分たちの行動を反省し、国民に心を寄せる行動をしなさいよ。東宮職職員もこういうことをこの時期にしたらまずいのではないか、と提言しなさいよ、と言いたい。
「私自身、今年も、国の内外で若者やボランティアの方々など多くの方にお会いしたいと思っています。」
会ってどうするの?この人の発言はいい子ぶった心の伴わない内容ばかり。
「安全な水を得られるという点で、日本は世界的にもとても恵まれていると思いますが、一方で水に関連した自然災害には度々襲われてきています。その意味でも、私は今後とも日本における水災害の歴史を研究し、日本の経験と教訓を世界にお伝えしていくことができればと思っています。」
こういう言葉を発するなら、まずは奥さんの祖父が社長でチッソ災害をもたらした水俣へ頭を下げに行きなさい。
「今後とも、私の専門分野である歴史に関する研究活動をいかしつつ、「水と衛生」や「災害」の問題について、関係者と協力しながら、取り組んでいきたいと思っております」
それにしても水や歴史研究活動はなにをやった?3月には水のことで、「ニューヨークの国連本部で開催される「水と災害に関する特別会合」において、基調講演を行う予定になっております。」と、最大利権問題の水のことではフランスへ行こうとしたり(これはキャンセルになった)、今度はニューヨーク。水利権に皇太子が首をつっこむのは危険なのではないかなあ。
(中)「東宮職医師団、大変よくやってます」
まず東宮医師団って誰?大野医師ひとりと雅子さんのふたりチームを東宮医師団と言っているのでは?「よくやっている」と言うにしては雅子さんちっとも変らないと見受けられるけど。
「雅子は、さまざまに工夫をしながら活動の幅を広げ、東日本大震災を始めさまざまな出来事に心を砕き、困難な状況に陥っている人々の生活が少しでも良くなるよう心を寄せてまいりました。」
という割には活動の幅を広げ?スキーやグルメ、静養ばかりに活動の輪が益々広がり、と解釈できるのだけど。
「お医者さまから既にご報告があったとおり、雅子は一昨年後半から昨年にかけて、いろいろな疲れが出ておりましたが、最近はその疲れも少しずつ取れてきているように思います。」
このせりふ私たち主婦は一番むかつくのよ。なんで疲れるの?公務はしない、愛子さんの付きまとい登校くらいでしょ。私たち主婦が毎日働いている主婦の仕事、掃除洗濯買い物育児すべておかかえ職員に丸投げでしょうに。なにもしていないことに疲れるのかな?優雅な毎日でしょう。疲れるなんて言うな!ほんとうにむかつく。
「雅子の回復を長い目で温かく見守っていただければと思います」
この人はもう回復などはない。ただひたすら権威をもてる皇后になることを待っているのみ。恐ろしいわ。
愛子さんについてもスキー合宿したという話だけど、これって学校活動の一環でなくて親しいお友達と一緒の私的スキーお楽しみだったのでしょ。
「愛子は、そうした機会などに、佳子ちゃんや悠仁ちゃんとご一緒し、楽しくお話をしているようです。」
なにこれ、ちゃんづけとは。弟宮家に対する上から目線。皇太子は相変わらず、悠仁さまを「いとこ」と言ったりして、悠仁さまを天皇になる方という位置づけから避けている。それにまずは愛子さんに障害があるということも絶対に漏らさない。健常児という位置づけで話をしている。おじぎもできず、言葉も発せず、優秀伝説ばかり流して、姑息なやり方をしている。国民の目をもうごまかせないのではないかと思うのだが。障害をカミングアウトすると愛子さんをなんとか天皇にしたいという反日の目論見に反するからなのでしょう。
下)「陛下のご体験 参考に」
やたらに「ご」や「お」などの丁寧語が目につく。まあ、天皇陛下に対するお言葉だからだけど、「ご回復」や「ご出席」はいいにしても、先生方の「ご準備」やら「ご手術」が目につくわ。
「私も雅子もご手術のご成功と順調なご快復を心からお祈りしておりました。臨時代行を務めたことに対して陛下からは温かいおねぎらいのお言葉を頂きました。」
「おねぎらい」ねえ。
「陛下のご年齢を考えますとご負担の軽減は必要と思われます。どのような形でご負担の軽減が可能なのか、ご出席になられる公的行事の数を大きく減らさないとしても、個々の行事のご負担を少なくする方法を考えるなど、周りがいろいろと考え、お助けしていくことは必要だと思います。私も、少しでもお役に立つことがあれば、喜んでお力になりたいと思います。」
人ごとと思えるのはこの部分なのよ。皇太子夫妻がどんどん両陛下に代わって公務をし、両陛下の公務の軽減に努力しなければならないのに、宮内庁の皇太子夫妻の公務はスカスカだ。この人の言葉はほんとうに心が伴わない、通りいっぺんの優等生的文章で読んでいてむかついてくるのだ。
「私としても、常に学ぶ姿勢を忘れずに、他人への思いやりの心を大切にしながら、世の中のためにできることを心掛けてやっていきたいと思っております。」
思いやりの心?世の中のため?すべてむなしい言葉!行動が伴わない言葉の羅列。
「陛下と折に触れてご質問の象徴天皇の在り方について、具体的にどういうことを話しているかは申し上げられませんけれども、」
ほうらね、こういう大事なことは避けて通る。話なんかしてないのでは?
そして最後に
「私としましては、今まで見ておりますと、東宮職医師団が大変によくやってきていただいていますし、その治療を私も非常に深く多としておりますので、今のところセカンドオピニオンという考え方は特にございません」
セカンドオピニオンを依頼すると雅子さんの病は病でない、ただの贅沢病とわがまま、性格などばれてしまうからでは?
あ〜、相変わらず、虚しいお誕生日文章だ。先日の「退位なさいませ」に対する反論もなし。
究極の自己中作文。両陛下への思いも国民への思いもまったくなし。ただただ言葉の羅列のみ。
「ボクチン次の天皇だからね」
(上)「日本の経験と教訓を世界に」
「東日本大震災から約2年がたちましたが、亡くなられた方々や被災された多くの方々のことを思うたびに心が痛みます。今年は、例年になく寒く、特に北日本では、大雪が降るなど、厳しい冬を迎える中、いまだ数多くの方々が仮設住宅での困難な避難生活を送られています。東日本大震災からの復興の道のりは長く、被災者の中には高齢者の方々もおられ、厳しい暮らしが続いていることを深く案じております。」
大震災1ヵ月後の4月11日に御所でお楽しみ会をしたり、長野でスキーを計画したり、こころが痛む?この一家の行動をみているととてもでないけど、心が痛むなんて伝わってこない。
ここでもまた「雅子と国立劇場で600年の歴史を誇る東北の民俗芸能公演を鑑賞した」とご自慢。こういう鑑賞公務をすることでどうだ、雅子はちゃんと被災地に心を寄せているのだ、と体裁ばかり。
「雅子とともに被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思っております」とねえ。心を寄せるなら自分たちの行動を反省し、国民に心を寄せる行動をしなさいよ。東宮職職員もこういうことをこの時期にしたらまずいのではないか、と提言しなさいよ、と言いたい。
「私自身、今年も、国の内外で若者やボランティアの方々など多くの方にお会いしたいと思っています。」
会ってどうするの?この人の発言はいい子ぶった心の伴わない内容ばかり。
「安全な水を得られるという点で、日本は世界的にもとても恵まれていると思いますが、一方で水に関連した自然災害には度々襲われてきています。その意味でも、私は今後とも日本における水災害の歴史を研究し、日本の経験と教訓を世界にお伝えしていくことができればと思っています。」
こういう言葉を発するなら、まずは奥さんの祖父が社長でチッソ災害をもたらした水俣へ頭を下げに行きなさい。
「今後とも、私の専門分野である歴史に関する研究活動をいかしつつ、「水と衛生」や「災害」の問題について、関係者と協力しながら、取り組んでいきたいと思っております」
それにしても水や歴史研究活動はなにをやった?3月には水のことで、「ニューヨークの国連本部で開催される「水と災害に関する特別会合」において、基調講演を行う予定になっております。」と、最大利権問題の水のことではフランスへ行こうとしたり(これはキャンセルになった)、今度はニューヨーク。水利権に皇太子が首をつっこむのは危険なのではないかなあ。
(中)「東宮職医師団、大変よくやってます」
まず東宮医師団って誰?大野医師ひとりと雅子さんのふたりチームを東宮医師団と言っているのでは?「よくやっている」と言うにしては雅子さんちっとも変らないと見受けられるけど。
「雅子は、さまざまに工夫をしながら活動の幅を広げ、東日本大震災を始めさまざまな出来事に心を砕き、困難な状況に陥っている人々の生活が少しでも良くなるよう心を寄せてまいりました。」
という割には活動の幅を広げ?スキーやグルメ、静養ばかりに活動の輪が益々広がり、と解釈できるのだけど。
「お医者さまから既にご報告があったとおり、雅子は一昨年後半から昨年にかけて、いろいろな疲れが出ておりましたが、最近はその疲れも少しずつ取れてきているように思います。」
このせりふ私たち主婦は一番むかつくのよ。なんで疲れるの?公務はしない、愛子さんの付きまとい登校くらいでしょ。私たち主婦が毎日働いている主婦の仕事、掃除洗濯買い物育児すべておかかえ職員に丸投げでしょうに。なにもしていないことに疲れるのかな?優雅な毎日でしょう。疲れるなんて言うな!ほんとうにむかつく。
「雅子の回復を長い目で温かく見守っていただければと思います」
この人はもう回復などはない。ただひたすら権威をもてる皇后になることを待っているのみ。恐ろしいわ。
愛子さんについてもスキー合宿したという話だけど、これって学校活動の一環でなくて親しいお友達と一緒の私的スキーお楽しみだったのでしょ。
「愛子は、そうした機会などに、佳子ちゃんや悠仁ちゃんとご一緒し、楽しくお話をしているようです。」
なにこれ、ちゃんづけとは。弟宮家に対する上から目線。皇太子は相変わらず、悠仁さまを「いとこ」と言ったりして、悠仁さまを天皇になる方という位置づけから避けている。それにまずは愛子さんに障害があるということも絶対に漏らさない。健常児という位置づけで話をしている。おじぎもできず、言葉も発せず、優秀伝説ばかり流して、姑息なやり方をしている。国民の目をもうごまかせないのではないかと思うのだが。障害をカミングアウトすると愛子さんをなんとか天皇にしたいという反日の目論見に反するからなのでしょう。
下)「陛下のご体験 参考に」
やたらに「ご」や「お」などの丁寧語が目につく。まあ、天皇陛下に対するお言葉だからだけど、「ご回復」や「ご出席」はいいにしても、先生方の「ご準備」やら「ご手術」が目につくわ。
「私も雅子もご手術のご成功と順調なご快復を心からお祈りしておりました。臨時代行を務めたことに対して陛下からは温かいおねぎらいのお言葉を頂きました。」
「おねぎらい」ねえ。
「陛下のご年齢を考えますとご負担の軽減は必要と思われます。どのような形でご負担の軽減が可能なのか、ご出席になられる公的行事の数を大きく減らさないとしても、個々の行事のご負担を少なくする方法を考えるなど、周りがいろいろと考え、お助けしていくことは必要だと思います。私も、少しでもお役に立つことがあれば、喜んでお力になりたいと思います。」
人ごとと思えるのはこの部分なのよ。皇太子夫妻がどんどん両陛下に代わって公務をし、両陛下の公務の軽減に努力しなければならないのに、宮内庁の皇太子夫妻の公務はスカスカだ。この人の言葉はほんとうに心が伴わない、通りいっぺんの優等生的文章で読んでいてむかついてくるのだ。
「私としても、常に学ぶ姿勢を忘れずに、他人への思いやりの心を大切にしながら、世の中のためにできることを心掛けてやっていきたいと思っております。」
思いやりの心?世の中のため?すべてむなしい言葉!行動が伴わない言葉の羅列。
「陛下と折に触れてご質問の象徴天皇の在り方について、具体的にどういうことを話しているかは申し上げられませんけれども、」
ほうらね、こういう大事なことは避けて通る。話なんかしてないのでは?
そして最後に
「私としましては、今まで見ておりますと、東宮職医師団が大変によくやってきていただいていますし、その治療を私も非常に深く多としておりますので、今のところセカンドオピニオンという考え方は特にございません」
セカンドオピニオンを依頼すると雅子さんの病は病でない、ただの贅沢病とわがまま、性格などばれてしまうからでは?
あ〜、相変わらず、虚しいお誕生日文章だ。先日の「退位なさいませ」に対する反論もなし。
究極の自己中作文。両陛下への思いも国民への思いもまったくなし。ただただ言葉の羅列のみ。
「ボクチン次の天皇だからね」