アメリカ人のご主人が亡くなったN江さんと会いに品川へ行ってきた。
駅近くのレストランで食事し、彼女のお宅へ向かった。

「おじゃましま〜す」と言って玄関に入ったが、チャックさんのお迎えの姿はない。ジムへ行っているのよねぇ、と。そんな感じのお留守。玄関に飾られた百合の花がいい香りを放っていた。
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和室に入ると真っ白い布のかかったお骨の箱。ろうそくとお線香をあげて手を合わせた。

いるのが当たり前の人がいなくなるって寂しいわねえ。食事を作る必要なくなるからひとりでもちゃんと食べなきゃだめよ、など話した。

海外のご親戚や友人たちからのメールやお手紙がひっきりなしに来るという。メールはいいが国際電話もらっても “I’m sorry…”と言われても日本語だってどう答えていいかわからなくいのに、英語ではもっとつまってしまうのよねえ。お相手も理解してくださって、すぐに電話を切ってくれるのだけど、、、と。

きれいなカードに書かれているお手紙を拝見した。どれも愛情たっぷりの親愛深い内容でチャックさんの早世を悔やんでいる内容にまた涙した。

亡くなった翌日、N江さんはショックと悲しみで混乱していて知らせの手紙を書ける状態でなかった。驚いて急いで訪れた彼女のお宅で海外のご親戚やご友人たちへチャックさんの死を知らせるメールの下書きを私が書かせていただいた。

ただ”he passed away”(亡くなった)と書いただけでは「なんで?どうして?」「病気?」「事故?」など質問が矢継ぎ早に来るだろう。いちいちそれに答えるのも大変だから「ジムからの帰りにあと少しのところで自転車に乗って心臓発作を起こしたらしい」という内容を書いた。

どのお手紙にも、飛行機でもなく、電車や車でもなく、ましてや”bedridden”(寝たきり)でなく「自転車に乗って」がチャックさんらしい、と書かれていた。、亡くなった時の状況を書いてしまったのだが、やはり質問が来なかったのでよかったと聞いて安心した。

そうそう、亡くなった当日の夕方、急いで帰宅して夕食の支度をしていたら、「ただいま」という声が玄関でしたそうだ。玄関に出ると誰もいなかった。まさにその時、あともう少しで家というところでチャックさんは路上で倒れた。魂だけは愛する妻のN江さんのところに帰ってきたのよ、と思った。

アメリカ大使館へ彼のパスポートや社会保険など書類を送ったそうだ。朝には確定申告も早々と済ませたそう。私も確定申告やらなきゃ、と思い出した。

N江さんからいただいたチャックさんが食べる予定だったおいしいブラウンパンを私は毎朝トーストにして食べている。食べるたびに胸がキュンとなる。

夕方ひとり息子さんが会社からちょっと立ち寄ってきた。親思いの親孝行息子さんだ。N江さんも心強い。

午後いっぱい話をして帰ってきた。しばらくはひとりになる寂しさが消えないだろう。少しづつ少しづつ時間が解決してくれますように。