今上天皇皇后の即位のパレードで使ったロールスロイスが走行不可能という。
このロールスロイスは1993年皇太子夫妻の結婚パレードでも使われた。

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28年前、即位後のパレード用に4千万円で購入したが、即位の礼と皇太子の結婚パレードの2回使っただけ。
車検も通してなく、公道を走れる状態ではないという。



4千万円の宮内庁オープンカー、走行困難に 使用は2回

中田絢子

朝日新聞 2018510839
https://www.asahi.com/articles/ASL4Y5GRTL4YUTIL019.html

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平成の即位礼正殿の儀後のパレードの様子。両陛下がオープンカーに乗っている=1990年11月12日、皇居前広場

 28年前、即位後のパレード用に約4千万円で購入したロールスロイス社製のオープンカーが古くなり、走行困難になっていることがわかった。2回しか使われていないが、整備用の部品が手に入らず、宮内庁の車庫に眠ったままという。今回のパレードで新天皇、新皇后を乗せる車をどうするか。経費節減が求められる中、政府関係者は頭を悩ませている。

 1990(平成2)年11月12日午後、燕尾(えんび)服とローブデコルテに身を包んだ天皇、皇后両陛下はピカピカの黒いオープンカーに乗り、沿道の人たちに手を振った。昭和天皇の即位の時は馬車だったが、馬は不測の事態で制御困難になるリスクもある。警備上、より安全な車を使うことになり、当時の総理府が購入した。

 車はその後、宮内庁の管理下に入り、93年の皇太子ご夫妻のご成婚パレードでも使われた。だがその後、行事などで用いられたことはない。来年の代替わりで久々の「晴れ舞台」かと思いきや、管理する同庁車馬課によると「すでにメンテナンスのための部品が手に入らず、久しくエンジンをかけていない」。時々職員が車体を磨いているが、車検も通しておらず、公道を走れる状態にないという。


思えば悪夢の平成時代の始まりだった。

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こちらも悪夢の次代の始まり。

両陛下の「オープンカー」走行できず
(東京都)
2018/5/1 21:03 NEWS24
http://www.kry.co.jp/news/news890172212.html

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1年後の5月1日は、新元号になり皇太子さまが即位されるが、即位後のパレードで使用する車について、天皇皇后両陛下がパレードで使われたオープンカーは走行できず、修理も難しいことがわかった。このオープンカーはロールスロイス社製で、1990年におよそ4000万円で購入され、天皇陛下の即位後のパレードと皇太子ご夫妻のご成婚パレードの2度、使用された。宮内庁によると、部品が手に入らないため、2007年に廃車手続きが行われ、現在は走行できず、修理することも「ほぼ不可能」だという。 来年の5月1日に皇太子さまは即位し、10月22日にはパレードが予定されているが、この車をどうするか、宮内庁を中心に検討が進められるという。

赤青黄色の創価の旗がひらめいた皇太子夫妻の結婚パレード

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[4/4]【今上天皇御即位】祝賀御列の儀 (10:00)
 

19930609皇太子同妃両殿下結婚パレード2/6 (7:36)


 


平成皇室のやることは 無駄遣いばかりでため息。


10連休にするため5月1日即位」は後付けの理屈

News

ポストセブン 2018/5/1() 11:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180501-00000009-pseven-soci

「10連休にするため5月1日即位」は後付けの理屈

即位は5月1日に決まった(AFP=時事) 

    2019430日、今上天皇が生前退位し、翌51日に皇太子が新天皇に即位する。皇位継承にまつわる各行事の日程調整には、複雑な事情が入り組み、様々な思惑が交差した。その結果、スケジュールは実に国民の目からわかりにくいものになろうとしている。退位と即位の日程も二転三転した。その理由は官邸と宮内庁の歩調が合わなかったからだ。

 20168月、「生前退位」の意向が含まれた天皇のビデオメッセージが公表されて以降、官邸は宮内庁と折衝を重ねてきた。

 退位と即位のタイミングについて、官邸は当初「2019年元日」に強いこだわりを示した。理由は「区切りがよく、国民にもわかりやすい」というもの。

 昨年1月、政権に近い産経新聞が「2019年元日改元」と1面トップで報じると、直後に宮内庁は定例記者会見で、「困難である。(元日は)早朝から四方拝、歳旦祭の祭祀、新年祝賀の儀が行なわれる」と突っぱねた。

 代わって宮内庁が出したのが「2019331日退位、41日即位」案だった。別の宮内庁関係者が言う。

「安倍(晋三)総理は、これに猛烈に反対しました。“統一地方選の真っ最中で、予算成立など年度末の多忙を極める時期に改元などできない”という主張です。

 しかし、4月は元日の次の節目で、総理の言う“区切りがよく、国民にもわかりやすい”という考えとも合致する。

 総理が反対した理由は、この情報を“反安倍”の朝日新聞が1020日の朝刊1面トップで報じたからでしょう。“宮内庁が朝日にリークした!”そう考えた総理が、朝日の手柄にしないために猛烈に反対したという見方がある」

 1121日、天皇陛下に内奏した安倍首相は、「退位日は3月末か4月末のどちらか。121日の皇室会議で決めさせていただきます」と伝えたとされる。

 ところが、翌日に“親安倍”の産経新聞が「4月末退位、51日改元」をスクープした。それが“安倍首相は内奏の時点で結論を決めていた”という見方を強めることになった。

 121日の皇室会議には、安倍首相のそばに菅義偉・官房長官がいた。会議のメンバーではない菅氏がいたのは、「4月末退位案」を推し進めるためだったといわれる。

「休憩時間に総理と菅官房長官は揃って退席し、戻ってくるや『4月末退位』を一方的に通告したといわれています。こうした安倍総理の動きは、改元の日程は“すべて政府が決める”という意思表示だったように感じる」(政治部記者)

 官邸は、この「430日退位、51日即位」という“中途半端な”日程について、「昭和天皇の誕生日『昭和の日』が429日にあり、その後はゴールデンウィークと結び付けて10連休」にして祝賀ムードを盛り上げると説明しているが、「後付けの理屈にしか聞こえない」というのが国民の率直な感想だろう。

※週刊ポスト20185411日号