広島訪問2日目、午前10時半頃、天皇夫妻は、11年前に集中豪雨による土砂災害で大きな被害を受けた広島市安佐南区を訪ねて、復興状況を視察した。
11年も経ってから来るとはずいぶん遅い。
上皇夫妻(当時は天皇皇后両陛下)の広島豪雨被災地訪問は土砂災害が起きた同じ年、2014年12月。
2014年8月20日。広島市を襲った豪雨で、土石流が発生し、八木地区では53人が犠牲になった。その年の12月、当時の天皇皇后両陛下がこの場所を訪れ、被災者を見舞われた。
それにしても天皇陛下はきちんとスーツにネクタイ、革靴を着用なのに美智子さんのこの婆臭いみっともない姿はなに?普段着にズックではないか!
秋篠宮殿下も2018年に豪雨被災地を訪問されていたことは過去記事に書いている。
2015年にも見舞いに訪れていると、朝日記事が書いているが、当時はあまり報道されてなかったのだろう、当ブログには当時の記事はない。
天皇夫妻は11年間も知らんふりとは驚いた。
2018/7/26
秋篠宮殿下 豪雨被災地を「私的」ご訪問 広島
https://remmikki.livedoor.blog/archives/2018-07-26.html

では天皇夫妻の訪問報道です。
雅子さん、前日と変わり映えしないグレーのパジャマスーツ。
天皇皇后両陛下 広島訪問 11年前の土砂災害地区で黙礼 (1:18)
ANN 2025/6/20
https://www.youtube.com/watch?v=-ZfzW9oCyIE
広島県を訪問している天皇皇后両陛下が、11年前の豪雨による土砂災害で、最も大きな被害を受けた地区を訪れ、黙礼されました。
天皇皇后両陛下は20日午前10時半ごろ、土石流に対応するために整備された広島市安佐南区の砂防堰堤(えんてい)を訪問されました。
この辺りは11年前に77人の犠牲者を出した豪雨による土砂災害で最も大きな被害を受けた地区で、天皇陛下は説明を聞いた後に「本当に大きな被害だったんですね」と話し、黙礼されました。
その後、両陛下は土砂災害の教訓を伝える「豪雨災害伝承館」を視察し、被災者や遺族らと懇談されました。
午後には原爆養護ホームで入所者と懇談される予定です。
両陛下
広島の土砂災害地区を訪問 犠牲者悼み黙礼
テレ東 2025/5/20
https://www.youtube.com/watch?v=49KrKr9YnDQ
戦後80年を機に広島市を訪問中の天皇皇后両陛下はきょう、11年前の豪雨災害でとりわけ被害が大きかった小原山地区を視察されました。地盤の花崗岩に亀裂が入りやすいので土砂災害が起きやすくこの現場で23人が亡くなったと説明を受けると両陛下は、上流下流それぞれに2回に分けて静かに頭を下げ、哀悼の気持ちをあらわされていました。
広島を訪問中の両陛下 2014年の豪雨で多くの犠牲者が出た地域で黙礼 午後には原爆養護ホームを訪問し入居者と懇談 (1:01)
TBS 2025/6/20
https://www.youtube.com/watch?v=jgXwrTvdrnU
広島市を訪問中の天皇皇后両陛下は、2014年の豪雨による土砂災害で多くの犠牲者が出た地域を視察し、黙礼されました。
午前10時半ごろ、両陛下は広島市安佐南区にある「小原山砂防堰堤」に到着されました。
この場所では、2014年8月の豪雨による土砂災害で住宅が流されるなどして23人が犠牲となり、その後、土砂災害を防ぐ目的で砂防堰堤が整備されました。
当時の状況について説明を受けた陛下は「大きな被害だったんですね」と話されたということです。
そして両陛下は、流された住宅のあった場所に向かってそろって黙礼されました。
その後、両陛下は災害の教訓を伝承する「豪雨災害伝承館」も訪問し、復興への取り組みや防災について説明を受けられました。
午後には、被爆者が暮らす原爆養護ホーム「矢野おりづる園」を訪問し、入居者らと懇談される予定です。
天皇皇后両陛下 11年前の集中豪雨で被害 広島市安佐南区を視察 (1:24)
NHK 2025年6月20日 14時08分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250620/k10014839891000.html
天皇、皇后両陛下 広島土砂災害の被災地で黙礼 安佐南区の砂防堰堤
朝日新聞 2025/6/20(金) 11:01
https://news.yahoo.co.jp/articles/e4992900f89c0fded30de359fd8333a09c648ed1
小原山砂防堰堤(えんてい)で、かつて家屋があった場所に向かって黙礼する天皇、皇后両陛下=2025年6月20日午前10時47分、広島市安佐南区、代表撮影
広島市を訪問中の天皇、皇后両陛下は20日午前、2014年8月に発生した広島土砂災害の被災地、広島市安佐南区八木地区を訪れ、土石流を防ぐために整備された「小原山砂防堰堤(えんてい)」を視察した。両陛下は犠牲者を悼み、そろって計2回黙礼した。
広島土砂災害では災害関連死3人を含む77人が犠牲になり、八木地区では53人が亡くなった。天皇陛下は説明者に「本当に大きな被害だったんですね」と話したという。
発生4カ月後の同年12月には、当時の天皇、皇后両陛下(上皇ご夫妻)が八木地区を訪れ、被災者を見舞った。15年4月には秋篠宮さまもこの地区を見舞っていた。
(編集委員・島康彦)
そして20日午後3時半前、天皇夫妻は、広島原爆養護ホーム「矢野おりづる園」を訪問した。
昼食にたっぷり時間を取ったのね。
53名も犠牲になった被災地を訪問して、よくまあ、時間をたっぷりとって食べられますわ。
高齢者が入居する施設のため、マスクを着用して懇談に臨まれていると言ったって、高齢者の皆さまはマスクを付けてない。付けているのはこの夫婦だけ、というのはこの夫婦が感染症を移されたくないからということね。
【速報】両陛下が広島原爆養護ホームで高齢の被爆者と懇談 戦後80年にあたり広島訪問2日目
(2:42)
日テレニュース 2025/6/20(金) 15:54
https://www.youtube.com/watch?v=4z_EzwVAWY4
天皇皇后両陛下は20日午後3時半前、広島原爆養護ホーム「矢野おりづる園」を訪問されました。
「矢野おりづる園」は、広島県内にある4つの原爆養護ホームのうち一番新しい施設として2007年に開園しました。施設は全室個室で、およそ100人の高齢の被爆者が入所していて、平均年齢およそ90歳で最高齢は103歳の女性だということです。
また、被爆者のための施設であることから、平和への取り組みとして修学旅行で訪れた学生らの訪問を受け入れ、平和学習の機会として入居者の被爆体験を伝える活動もしています。
両陛下は「矢野おりづる園」に入居する81歳から99歳までの被爆者10人と懇談されました。
高齢者が入居する施設のため、マスクを着用して懇談に臨まれています。
両陛下は、腰をかがめて相手の目を見て一人ひとりじっくり話に聞き入られています。
両陛下は19日、広島訪問の1日目を終え、「被爆された方々のお話を伺い、みなさんが経験された苦難の一端に触れ、そのご苦労をしのぶと共に、皆さんが困難を乗り越え、これまでのつらい体験や平和の尊さを自ら語りついでおられることに、深い敬意を抱きました」と感想を公表されています。
天皇陛下が、広島県の原爆養護ホームを訪問されるのは、2006年「神田山やすらぎ園」訪問以来、19年ぶりです。皇后さまは2000年に「舟入むつみ園」を訪問されて以来、25年ぶりとなります。
また、この「矢野おりづる園」には、戦後70年の前の年の2014年12月、上皇ご夫妻が、天皇皇后として訪れ入居者と懇談されています。
両陛下は、これで2日間の広島訪問の全ての日程を終え、このあと、広島空港から帰京の途につかれます。
広島を訪問中の天皇皇后両陛下 被爆者暮らす原爆養護ホームで入所者と懇談 (1:01)
TBS 2025/6/20
https://www.youtube.com/watch?v=kVKrQJxwp3I
天皇皇后両陛下が11年前の広島・大規模土砂災害の現場を訪れ被災者と交流「本当に大きな災害だったんですね」 犠牲者を悼み黙礼される (1:34)
FNN 2025/6/20(金) 16:37
https://www.youtube.com/watch?v=S8sFu9jqDLY
広島県を訪問中の天皇皇后両陛下は、11年前の大規模土砂災害の現場を訪れ、被災者と交流されました。
20日午前10時半ごろ、両陛下は2014年に集中豪雨により大規模な土砂災害が起きた広島市安佐南区を訪問されました。
77人が犠牲になった災害を受け、土石流を防ぐためのダムが整備され、両陛下は当時の川の流れやダムの仕組みについて質問を重ね、陛下は「本当に大きな災害だったんですね」と述べられました。
そして「どの辺りに家がありましたか」と確認し、多くの住宅が押し流された方向を見つめ、犠牲者を悼み、黙礼されました。
この後、災害の教訓を伝える施設を訪れ、陛下は「大変でございましたね。お母さまは亡くなられて。被災された直後はどのように過ごされましたか」などと述べられ、被災者と懇談されました。
両陛下は命を守る大切さを伝える活動に取り組む被災者の話に耳を傾け、「とても良い活動をされていますね」「語り合うことで心の傷が癒えていくんですね」と声をかけられました。
















ぜひ、昭和天皇の広島行幸の動画をご紹介ください。
日本国民が敬愛していた天皇と皇室、それらをいかに失わされた80年の年月だったか、はっきり分かりますよね。昭和天皇がご存命のうちはまだ良かったのです。さらに良子女王様(香淳皇后様のことです。私は日本史の時間に良子女王様と習いましたので、このようにお呼びすることをどうぞお許しください。)が、お出ましにはならずともご存命だということが分かっていたうちもまだよかったのです。2000年代にはいり平成令和と見てきましたが、腑に落ちないことばかりでした。
私の本音を言いますと、今は、秋篠宮皇嗣殿下に一日も早く即位していただきたい気持ちです。(今上陛下に不敬で申し訳ありません)また、9月の悠仁親王様の加冠の儀をつつがなく迎えられるよう祈る気持ちです。