2026年07月02日
6月29日は秋篠宮皇嗣両殿下 36回目のご結婚記念日
6月29日は中曽根さんの愛子さんに皇位継承権はないという発言でメディアが大騒ぎし、皇室典範改正が閣議決定したことなどに翻弄され、秋篠宮皇嗣両殿下のご結婚記念日が吹っ飛んでしまいました。それにどのメディアも29日に両殿下の36回目の結婚記念日を記事にしたものはなかったです。
それは言い訳にせよ、自分がきちんと覚えていて記事にすべきでした。
3日遅れて記事にします。申し訳ありませんでした!
オールドメディアはまったく無視し、スルーしましたが、唯一文春オンラインが両殿下がご結婚に至るまでの経緯を掲載してくれました。
長文なので抜粋しました。
全文は下記URLをクリックしてご覧ください。
その前に秋篠宮皇嗣両殿下ご結婚36年目、おめでとうございます!
秋篠宮家の弥栄を心から祈ります。
〈紀子さまはピンクのワンピースで…〉「ずっと離しませんでした」秋篠宮さまとの結婚の日、紀子さまが皇室へ持参された“意外な愛用品”
文春オンライン 2026/6/29(月) 6:21
https://bunshun.jp/articles/-/89929
「朝見の儀」を終え、宮殿を出られる秋篠宮ご夫妻〔1990年6月29日撮影〕 c︎JMPA
抜粋:
6月29日、秋篠宮ご夫妻は、36回目の結婚記念日を迎えられた。1990年の結婚当時、秋篠宮さまは24歳、紀子さまは23歳。二人はどのように出会われ、将来を決めたのか。両家が秘めていた思い、紀子さまが皇室に持参された “意外な愛用品”とは……。秋篠宮さまの貴重な肉声をつづった『秋篠宮』(2022年/小学館)などの著書をもつ、ジャーナリストの江森敬治氏が寄稿した。(全2回の1回目)
◆◆◆
学習院大学での運命の出会い
秋篠宮ご夫妻の出会いは、二人の母校・学習院大学キャンパスでの運命的なものだった。秋篠宮さまが大学2年生の春、文学部に入学したばかりの紀子さま(当時は川嶋紀子さん)と、大学構内の書店で初めて出会った。これは、偶然の産物であり、その後の二人の人生を左右した、大きな出来事だった。
紀子さまは、秋篠宮さまが主宰する大学のサークル「自然文化研究会」に入会し、二人は仲間とともに国内各地を訪れ、着実に愛を育んでいった。
そして1986年6月26日、学習院大学近くの交差点で秋篠宮さまは紀子さまにプロポーズした。秋篠宮さまは大学3年生、紀子さまは大学2年生で、出会ってから1年余りのことだった。秋篠宮さまは知り合ってすぐに、当時、家族で暮らしていた東宮御所へ紀子さまを招き、両親(現上皇ご夫妻)に紹介している。
その後も紀子さまは東宮御所を度々訪問し、上皇ご夫妻とテニスを楽しんだり、お茶の席を共にしたりすることも珍しくなかった。上皇ご夫妻は親しみを込めて「キコちゃん」と呼んで、とてもかわいがった。
婚約への逆風の噂と真実
また、紀子さまの父親である川嶋辰彦学習院大学名誉教授(故人)が、以前から秋篠宮さまや上皇ご夫妻と面識があったことも、二人の交際に好影響を与えたという。
結婚に向けて二人が真剣に交際を重ねていた1989年1月7日、昭和天皇が亡くなった。まだ喪中である同年9月に皇室会議が開かれ、二人の婚約が内定したものの、宮内庁内部や一部国民の間からは異論や批判が見られた。
さらに、秋篠宮さまが英国留学中であったことや、兄(現天皇陛下)より先に結婚することなどから、「そんなに結婚を急がなくてもいいのではないか」との声も聞かれたのである。のちに筆者が結婚の背景を尋ねた際、秋篠宮さまはこう語っている。
「まったく先が見えなかったわけです」
〈「兄より先に結婚したことが、批判の対象になったりしたが、当時、兄のほうは、まったく先が見えなかったわけです。従ってそのことについては、なんの問題も、宮内庁から困ると言う話もなかった。家族の中でももちろん問題にはならなかった」
「私は知り合った直後に家内を両親に紹介し、両親は付き合っていることは知っていましたし、結婚するんだろうなということもおそらく分かっていたと思います。また、結婚する相手が彼女だったらいいな、というふうに思っていたと思います」(拙著『秋篠宮さま』より)〉
このように、上皇ご夫妻は交際を始めたころから2人を常に温かく見守り、結婚を後押ししていたようだ。
以下上記サイトへ。
36年前皇室に嫁いだ紀子さま
賢所へ向かわれる紀子さま、覚悟あるご決意がうかがわれる

二代続く男系皇統を守られた
この記事へのコメント
電気うなぎさま
あら、ということは丙午ですね!紀子様を見習って、古い因習をものともせず、良き人生になるよう、一日一日精一杯生きて参りましょう。
私も紀子さまと同い年です。でも早生まれなので、皇嗣殿下と同じ学年です。
学習院女子中学の頃から結婚の年齢まで、ほとんど変わらず、女子高生の時のセーラー服の上にエプロンをしていた美少女ぶりにビックリしました。
侍従長の意見、率直すぎましたね(笑)。
そりゃー、皇太子妃、皇后には紀子さまがピッタリですから。ナルびいきというか、皇室のためを思っての発言でしょう。
マタコファンはそれが気に食わず、「紀子さまは浩宮さまと結婚したがっていた」などと大ウソこいていました。(ナルと引き合わせてくれ、などと根回ししたのはマタコだろうに)
ナルは第二の故郷に行っていたことを考えると、紀子さまが女子中学生のころに仕込まないと無理ですけど?
マタコが結婚してからハイブランドの新作をガバガバ買っていたのを、「独身時代に買っていたもの」などと言う時間軸無視の人たちなので、こういう考えは仕方ないですね。
まめはなさん、
秋篠宮電管お言葉?それを最初に書いてもらわないと理解できないです。
兄のことは身近にいてわかっていたということですかね。
紀子さまとのご婚約の運びとなった頃でしょう。
ナルさんは言われたことだけを何も考えずそのまましてきたのではないかという印象があります。
対して秋篠宮殿下は兄宮より自由な雰囲気の中でも、ご自分で考え行動され且つ結果を出されてこられたと思います。
ゆりあさん、
ずっと紀子様一途だったのですね、私もです!
確かに予兆はありましたね。
なんでいつまで経っても宮邸を建設しないのかと疑問でした。
浜尾侍従さんは紀子さまのご優秀ぶりと品格を見極めていらっしゃったのですよ。
だからナルさんと結婚したら皇后陛下になれるからそうおっしゃったのでしょう。
ナルさん一筋の方でしたからね。
私は差別とは思えないです。
美智子さんはナルだけを可愛がり、ナルに親王を産んでもらい、ナルの血筋を皇統に残したかったから秋篠宮ご夫妻に10年もの産児制限を強要したのですね。
でもそれもかないませんでした。神様は秋篠宮家の方に光を当てました。
紀子様が命がけで産んで下さった悠仁様をお守りしお支えするサイレントマジョリティーが実際は多数と信じる、私も同じ思いです。
ブルーベリーさん、
まあ、紀子さまと同い年ですか!
次男のアーヤにはそんな印象の記事が多かったですね。
紀子さま、必死に皇族として努力され、素晴らしい気品を備えました。
悠仁さまを出産年齢ぎりぎりで命がけで産んでくださったことは日本の救世主です。
皇后陛下になられること、楽しみです。
私は紀子さまとは同い年なんです。当時、アーヤは「気楽な次男」でヒゲを生やしたりネックレスをしたりで、チャラっぽかったです。生まれた順番だけで全然違うという理不尽に昔の男性はよく我慢してきたものだ、アーヤが少々やんちゃになっても仕方ないわよねと思っていました。それで、紀子さんも次男の嫁なら気も楽だし、良かったわねと思っていました。こんな状況になるとはつゆ知らず。
それから、サーヤのお相手がアーヤの友達に決まったとき、本当に仲が良いのはアーヤとサーヤなのねとも思いました。
その後、紀子さまは、なんと言っても土壇場で男の子をお産みになりました。本当にすごい方です。
皆様には、お身体に気をつけていただきたいです。
川嶋紀子さんの「ふんわりとした笑顔」に魅せられて以来私は紀子様一途です。
あの笑顔を曇らせる苦難の道・棘の道を歩まれるとは誰が想像出来たでしょうか?
しかし 今思うと予兆はありました。新婚ボロ屋も然りですが、ご成婚当日に浜尾元侍従が語った言葉に私は耳を疑いました。
「本日は誠におめでとうございます!しかし出来ますならば、紀子様には礼宮様ではなく浩宮様のお妃になっていただきたかった!」…。
それまでも浜尾さんの浩宮アゲ礼宮様サゲの発言を聞いてはいましたが、ここまで露骨な兄弟差別はおそらく美智子婆の差配によるものだと思います。
尤も当時(いえ!平成の終わり頃まで)美智子さん信者だった私は美智子婆がナルだけを可愛がりアーヤを貶めてもナルを持ち上げさせていたことを知りませんでした。
その後眞子さんと佳子様が生まれ、美智子婆はお二人を可愛がりましたが、それは女の子だったから。ナルにとって脅威ではない!
ナルに親王が生まれるまでは「絶対に紀子に子供を産ませてなるものか!」と悪魔の産児制限を掛けました。
やがてナルにポンコツ娘が生まれても解かれなかったけれど、しびれを切らした夫がGOサインを出したので万事休す!
ついに歴代天皇の御霊と八百万の神々に護られて奇跡の皇子悠仁様ご誕生!
日本中が祝福の声で包まれたのがつい昨日のことのようです。
9月6日には満20歳になられる悠仁様はご自分の運命を受け入れられ、日本再生の救世主として名を馳せる天皇になられるに違いありません!
私は紀子様が命がけで産んで下さった悠仁様をお守りしお支えするサイレントマジョリティーが実際は多数と信じています!
〜秋篠宮家弥栄!!〜
srbさん、
何度拝見しても初々しいお二人ですね。
とっても爽やか、清々しいです。
紀子さまスマイルは変わる事なく、真摯に心のこもったご公務をなさってくださいますね。
電気うなぎさん、
今でも妖精のような可憐さですね。
紀子さまのおかげで日本は守られて来ました。
お守りくださる神様のおかげかも。
ご結婚後の新居は職員住宅と聞いてびっくりでした。
他の宮家の方が豪華な宮邸を建てていたのに。
私はそうさせていた両親が酷いと思いました。
高窓宮家☓→高円宮家◯ですね。
とまとさん、
23歳とはお若い時でしたね。
結婚されてすぐの平成即位の礼ではご立派に筆頭宮家の責任を果たしていらっしゃいました。
アイコとはエライ違いです。
アマテラスさん、
紀子さまは、可愛らしいだけでなく芯の強い女性です。
文仁さま、よくぞ見抜かれました。
だからこんなバッシングの嵐でもマタコのように病気になりません。
あ、彼女は病気というより仮病か。
国民として紀子さまには日本の救世主、感謝の気持ちでいっぱいです。
まめはなさん、
当時というのはいつくらいのことですか?
皇統を継ぐナルの方が昔は両親も側近もきちんとされ、次男のアーヤの方が天真爛漫で自由に描かれていたような。
今は嫁のせいで逆転してしまいました。
今読むと、深い納得と共に大きな溜息が。
日本国民がこの頃から実情(兄宮の体たらく)を分かっていれば…
今からでも知らしめなくてはならないことです。
高窓宮家☓
高円宮家◯
十二単の、肩から御手にかけてのなだらかな曲線の美しさ!
誰かさんは、かみしものように、肩先でバキバキ折れていましたね。
掲載して下さったお写真はどれも清らかで美しいです。
可愛らしいだけでなく芯の強い女性だとよくぞ殿下は見抜かれましたね。
ただの好きなだけでは結婚出来ない御2人でしたのに、深い信頼関係をお若い頃から保っておられたと思っています。
節度ある御両親や御身内から正に躾を自然と身につけられた女性。
そこに加えて可愛らしいんですから、もう無敵です。
殿下もお優しいだけでは寧ろ紀子さまが皇室でご苦労される事をわかっておられました。
紀子さまは見事にそのお気持ちに応えられました。
これからも私たちに皇室という存在意義を教えて下さいませ。
ご結婚記念日に寄せて、、おめでとうございます。
両殿下、御結婚記念日おめでとうございます。
紀子様が、
筆頭宮家の妃殿下として入内されたのが二十三歳。
愛子様が二十三歳の時は…
赤十字に行ったり、行かなかったり〜
愛ちゃんに、天皇は無理。
記事のアップありがとうございます。
当時、御年23歳!ご優秀な皇女サマの今の年齢よりもお若い。老け込んでおらず、今でも妖精のような可憐さ。
本当に色白ですね。
われらが伎芸天がもたらしてくださった数々の奇跡によって、かろうじて日本は守られています。
本当にありがとうございます。
素敵な結婚式のあとの、新居の宮邸(ボロ家)の衝撃は今でも忘れられません。
高窓宮邸は新築の豪邸だったのに。
これって、皇室七不思議のひとつになりますね。と言っても、何方様の意向かは分かっていますが。
ご結婚36年目おめでとうございます。
そして、ご成婚以来変わらず私たち国民のために
お働き頂き本当にありがとうございます。
何度拝見しても初々しいお二人です。
初々しさの中に、秋篠宮様への「想い」が溢れ出ていて、しかも覚悟の意志の強さも滲み出ている。
何度拝見しても嬉しく、心が弾みます。
そして紀子さまスマイルは変わる事なく、真摯に、本当に心のこもったご公務をなさってくださってますね。
秋篠宮家弥栄
蛇足ですが、ご成婚の折の十二単の装束ですか(?)
紀子様はは日常お召しになられているかと思うほど自然で
平安時代のお姫様のよう。
誰かさんはここでも笑い取ってましたが。
熱帯魚さん、
ほんとに、紀子さまは、清楚で上品なお嬢様でしたね。
ここにきてこんなにご苦労されるとは。
私どもも読者の皆様と一緒に秋篠宮皇嗣家を精一杯応援してまいります!
愛知のババちゃんさん、
神々の光に包まれ、素晴らしい気品です。
このご辛抱がすぐに終わり、正しく清らかな世の中になってくれるよう私も祈ります。
令和が終わり、おふたりを天皇皇后両陛下と呼ばせていただきたいです。
シマエナガさん、
日本中が歓喜したご結婚でした。
文仁殿下が選ばれた紀子さま、素晴らしいです。
ご結婚されてからいろいろとありました。
姑の10年もの産児制限は人権侵害であり、皇統を先細りさせる原因となったものと思います。
国民は秋篠宮家を応援いたします。ご一家の弥栄を祈ります。
スキー好きさん、
月初めなので模様替えしましたが、ライブドアはあまりいい模様がないのでがっかりです。
24歳と23歳のご結婚だったのですね。お若いのにご立派です。
神様が結んでくださったお二人ですね。
それに引き換え・・・あのふたりに神様の祝福はないです。
悠仁さまもご両親にならって若くして結婚されても問題ないですね。
素敵なお嫁さんが見つかりますように。
出自のおかしい人はしっかり調べて敬遠してほしいです。
3代もあんな妃が続いたら日本は完全に壊れます。
それを狙っているのが反日です。
「女性側の黒い野心」が先行した結婚は品位に著しく欠けたものですね。
さて、秋篠宮皇嗣両殿下のなれそめ。 24歳と23歳でのご結婚とのことですが、このお二人の精神的成熟度はその後の苦難も乗り越えるに充分なレベルの高さに達しておられたと感じます。 だからこそ、神様がベストのお二人として若い結婚にも全力で祝福をお与えくださった。 神様が結んでくださったお二人・・・それに引き換え・・・30代を迎えていた「あの」お二人の結婚・・・ そこにはただ「未熟な野心と野望」があっただけ。 神の祝福は「あの」二人にはまったく無いようです。 悠仁親王殿下も、ご両親にならって若くして結婚されても少しも問題ないように思えますね。 母君の紀子様みたいな、いや、紀子様をしのぐような素晴らしい女性が神様によって采配されていることさえ心から願っています。
「女性側の黒い野心」が先行したと思われる先帝の結婚は品位に欠けたものでした。 そして、令和のご夫婦・・・そこにはなんら信頼も愛情も感じられません。
本当にそうでした!忘れておりました!
婚約中から日本にもまだこんなお嬢さまがいるの?と日本中が歓喜しましたよね。
私も紀子さまのはにかむ笑顔が大好きでした。
途中、文仁親王殿下の留学に涙ぐむご様子があったり、昭和天皇の喪中なのにとかいう雑音もありましたが秋篠宮さまはお孫さんですから喪中の期間のご成婚ではなかったんですよね。
昭和天皇は体調は崩されてはいましたがとてもお喜びだったと聞きます。
吹雪の中でのご公務のお姿は忘れられません。まだ24歳で筆頭宮家の妃殿下となられご結婚以来、出産以外は休むことなくお務めくださっています。川嶋さまもご立派で眞子さまをお産みになられた時にも両陛下より先にお孫さんの顔を拝見することは出来ないと紀子さまのお顔だけを見て直ぐにお帰りになられました。
弁えることを知る本当の日本人です。
お姑さんの意地悪にも耐え10年もの産児制限を受けても、命懸けでご出産の末悠仁さまをお産みくださり日本を守ってくださいました。
眞子さまのことは一番の辛さだったと思いますが、それでもお務めを休むことはありませんでした。紀子さま、心ある国民は分かっています。秋篠宮さま、紀子さまご結婚36年おめでとうございます。
ご一家の弥栄を心よりお祈り申し上げます。
皆様
こんばんは。
ああ、
何と言う気品!
神々の光に包まれ、守られた御二人。
御結婚の節目おめでとうございます。
一介の高齢者でありますが、心からお喜び申し上げ、神々に更なる御加護をこい願うものです。
このご辛抱がすぐに終わり、正しく清らかな世の中になります様に祈っております。
一日も早く、
この御二人を
天皇陛下
皇后陛下と仰ぎたい。
悠仁殿下を
皇太子殿下と
呼ばせていただきたい。
弥栄弥栄弥栄!
紀子さまは、一般人の頃から清楚で上品なお嬢様でした。紀子さまフィーバーが凄かったですよね♡
ご婚約記者会見の時もおふたり仲睦まじく大変微笑ましかったです。
紀子さまのお幸せをずーっと願っておりましたが、まさかこんなにご苦労な日々になるとは…。
これからも、秋篠宮皇嗣家を精一杯応援してまいります。





